奈良市・富雄北1丁目周辺 |
2015年8月31日月曜日
2015年8月13日木曜日
オトナの遠足~達遊会 当尾の里石仏群巡り③
前回 >>オトナの遠足~達遊会 当尾の里石仏群巡り②<<
午後から岩船寺に向かいます。
岩船寺は729年、聖武天皇が行基に命じて阿弥陀堂を建立してと伝えられており、本堂には本尊阿弥陀如来坐像やほっそりとした体つきの普賢菩薩騎象像など、それぞれの時代に造られた重要文化財があります。
これは三重塔。重要文化財に指定されています。
岩船寺は「あじさい寺」とも呼ばれていて、6月ごろはあじさいが咲き誇って、それはまた趣があるとの事。
秋は秋で紅葉が美しいでしょうね。
岩船寺を離れた山頂。景色は最高。
石仏はまだまだたくさん。
藪の中三尊を北に向かったすごのところにある首切地蔵。
昔この近くに首切り場があったため、この名前がついたとも言われていますが
首のところに斬り跡ががある石仏です。
首切地蔵のすぐ近くにある大門石仏群は、竹藪の中や細い山道にあった石仏、石塔などを集めて安置しなおしたものどそうです。
双体仏や六字名号板碑などたくさんの変化にとんだ石仏で構成されてます。貴重です。
当尾の里をざっとめぐりました。まだたくさんの石仏がありますが、本日はここまで。またプライベートでも訪れたいです。
乾杯!と3時のおやつではないですが、バス停近くの休憩所でビール!
女子はかき氷で乾杯!
バスで近鉄奈良駅に戻り、そこから近鉄線で生駒方面へ
近鉄生駒駅で下車しました。宝山寺(生駒聖天)へは・・・・
まずはわんちゃん?のケーブルカーで中腹付近まで向かいます。
到着して、聖天通りを登ります。
午後4時頃ですがまだまだ日差しがきついです。
ようやく到着。
生駒山宝山寺
宝山寺は真言律宗大本山と称し、真言律宗の僧・湛海(タンカイ、1629~1716)が江戸中期の延宝7年(1679)に開いたというが、当地には、寺の背後に聳える巨巌・般若窟(ハンニャクツ)に役行者(エンノギョウジャ、7世紀後半の呪的修験者、修験道の祖とされる)が梵字の般若経を納めたとか、若い頃の空海(774~835、真言宗の開祖・弘法大師)が修行したとかの伝承があり、寺伝では役行者開基で湛海は中興開山としている。
お寺の背後にそびえる巨巌・般若窟(はんにゃくつ)に役行者(えんのぎょうじゃ)が梵字の般若経を納めたというから当地の歴史は古いです。宝山寺は、真言律宗大本山と称し、真言律宗の僧・湛海(たんかい)が江戸中期(1679年)に開いたと言われています。
おみくじで運試し。
という事で、今回の達遊会はここで終了。暑い中でしたが楽しい一日でした~。
下山して近鉄生駒駅近くの居酒屋で反省会。
皆さんお疲れでした~ということで田中会長の音頭で楽しい宴が始まりました。もうカメラを持つ余裕がありませんのでここらで失礼します。(終わり)
>>オトナの遠足~達遊会 当尾の里石仏群巡り①
>>オトナの遠足~達遊会 当尾の里石仏群巡り②
午後から岩船寺に向かいます。
岩船寺は729年、聖武天皇が行基に命じて阿弥陀堂を建立してと伝えられており、本堂には本尊阿弥陀如来坐像やほっそりとした体つきの普賢菩薩騎象像など、それぞれの時代に造られた重要文化財があります。
これは三重塔。重要文化財に指定されています。
岩船寺は「あじさい寺」とも呼ばれていて、6月ごろはあじさいが咲き誇って、それはまた趣があるとの事。
秋は秋で紅葉が美しいでしょうね。
岩船寺を離れた山頂。景色は最高。
石仏はまだまだたくさん。
藪の中三尊を北に向かったすごのところにある首切地蔵。
昔この近くに首切り場があったため、この名前がついたとも言われていますが
首のところに斬り跡ががある石仏です。
首切地蔵のすぐ近くにある大門石仏群は、竹藪の中や細い山道にあった石仏、石塔などを集めて安置しなおしたものどそうです。
双体仏や六字名号板碑などたくさんの変化にとんだ石仏で構成されてます。貴重です。
当尾の里をざっとめぐりました。まだたくさんの石仏がありますが、本日はここまで。またプライベートでも訪れたいです。
乾杯!と3時のおやつではないですが、バス停近くの休憩所でビール!
女子はかき氷で乾杯!
バスで近鉄奈良駅に戻り、そこから近鉄線で生駒方面へ
近鉄生駒駅で下車しました。宝山寺(生駒聖天)へは・・・・
まずはわんちゃん?のケーブルカーで中腹付近まで向かいます。
到着して、聖天通りを登ります。
午後4時頃ですがまだまだ日差しがきついです。
ようやく到着。
生駒山宝山寺
宝山寺は真言律宗大本山と称し、真言律宗の僧・湛海(タンカイ、1629~1716)が江戸中期の延宝7年(1679)に開いたというが、当地には、寺の背後に聳える巨巌・般若窟(ハンニャクツ)に役行者(エンノギョウジャ、7世紀後半の呪的修験者、修験道の祖とされる)が梵字の般若経を納めたとか、若い頃の空海(774~835、真言宗の開祖・弘法大師)が修行したとかの伝承があり、寺伝では役行者開基で湛海は中興開山としている。
お寺の背後にそびえる巨巌・般若窟(はんにゃくつ)に役行者(えんのぎょうじゃ)が梵字の般若経を納めたというから当地の歴史は古いです。宝山寺は、真言律宗大本山と称し、真言律宗の僧・湛海(たんかい)が江戸中期(1679年)に開いたと言われています。
おみくじで運試し。
という事で、今回の達遊会はここで終了。暑い中でしたが楽しい一日でした~。
下山して近鉄生駒駅近くの居酒屋で反省会。
皆さんお疲れでした~ということで田中会長の音頭で楽しい宴が始まりました。もうカメラを持つ余裕がありませんのでここらで失礼します。(終わり)
>>オトナの遠足~達遊会 当尾の里石仏群巡り①
>>オトナの遠足~達遊会 当尾の里石仏群巡り②
2015年8月12日水曜日
オトナの遠足~達遊会 当尾の里石仏群巡り②
前回 >>オトナの遠足~達遊会 当尾の里石仏群巡り①<<
浄瑠璃寺を後にし、当尾の里を巡ります。
京都府との圏財界にある当尾地区(奈良県木津川市加茂町南東部)は古来から南都仏教の影響を色濃く受け、南都の僧侶が修行に打ち込むため、都から少し離れたこの地で暮らしたと伝えられています。
浄瑠璃寺や岩船寺周辺には寺院や修行場が点在し、たくさんの磨崖仏(まがいぶつ)が建立されました。
まずは藪の中三尊仏です。
正面に地蔵と十一面観音、向かって左に阿弥陀を配する非常に珍しい配置の石仏だそうです。
からすの壺二尊。
ひとつの岩に阿弥陀如来坐像と、面を変えて地蔵菩薩立像が彫られています。
地蔵菩薩です。
引き続き山道を歩きます。眼下には大きな田んぼ。大昔からこの風情は変わってないんだろうなと思うと、自分が今歩いているのはいつの時代?なんていう不思議な感覚に襲われました。
分かれ道の標識。浄瑠璃寺から1.5キロ歩いてました。みろくの辻方面を進むと・・・
わらいほとけ。
このわらい仏に傍らには眠り仏が。
土の中に半分埋もれていました。
そしてまたてくてく。
続いて三体地蔵。
三体とも左手に宝珠、右手に錫杖を持っています。過去、現在、未来をそれぞれ割り当てたもので、六地蔵信仰以前の地蔵信仰の一形態とも言われているそうです。
ミロクの辻から岩船寺への旧道の途中、見上げるようなところに彫られていました。
全部ではないけど、たくさんの石仏と出会いました。ここで午前の行程は終了。
午後からは岩船寺に向かいます。(続く)
浄瑠璃寺を後にし、当尾の里を巡ります。
京都府との圏財界にある当尾地区(奈良県木津川市加茂町南東部)は古来から南都仏教の影響を色濃く受け、南都の僧侶が修行に打ち込むため、都から少し離れたこの地で暮らしたと伝えられています。
浄瑠璃寺や岩船寺周辺には寺院や修行場が点在し、たくさんの磨崖仏(まがいぶつ)が建立されました。
まずは藪の中三尊仏です。
正面に地蔵と十一面観音、向かって左に阿弥陀を配する非常に珍しい配置の石仏だそうです。
からすの壺二尊。
ひとつの岩に阿弥陀如来坐像と、面を変えて地蔵菩薩立像が彫られています。
地蔵菩薩です。
引き続き山道を歩きます。眼下には大きな田んぼ。大昔からこの風情は変わってないんだろうなと思うと、自分が今歩いているのはいつの時代?なんていう不思議な感覚に襲われました。
分かれ道の標識。浄瑠璃寺から1.5キロ歩いてました。みろくの辻方面を進むと・・・
わらいほとけ。
当尾の代表的な石仏の一つ。蓮台を持つ観音菩薩と合掌する勢至菩薩を従えた阿弥陀仏です。
確かにちょっと笑ってます。
このわらい仏に傍らには眠り仏が。
土の中に半分埋もれていました。
そしてまたてくてく。
続いて三体地蔵。
三体とも左手に宝珠、右手に錫杖を持っています。過去、現在、未来をそれぞれ割り当てたもので、六地蔵信仰以前の地蔵信仰の一形態とも言われているそうです。
ミロクの辻から岩船寺への旧道の途中、見上げるようなところに彫られていました。
全部ではないけど、たくさんの石仏と出会いました。ここで午前の行程は終了。
ふもとのお茶屋さんで昼食を取りました。ビールもうまいって感じです!
午後からは岩船寺に向かいます。(続く)
>>オトナの遠足~達遊会 当尾の里石仏群巡り③
2015年8月11日火曜日
オトナの遠足~達遊会 当尾の里石仏群巡り①
今回の達遊会(2015年7月26日)は、京都府南端の丘陵地「当尾(とうの)の里」と、生駒を訪ねる旅。
集合は、近鉄奈良駅の近くのバス停留所。
今回の参加は、前回よりやや少ない人数ですが、いつもの常連さんが多いですわ。9時11分のバスに乗って20分ちょっとで・・・
目的地に着きました。
浄瑠璃寺前です。
朝でも結構夏の日差しがガンガン襲ってくる中、目的地まで歩きます。
歩いて10分。
浄瑠璃寺山門に到着しました。
くぐった先に池が広がってました。
国宝の三重塔です。
ここには東方浄瑠璃浄土の教主・薬師如来(重要文化財・秘仏)がまつられています。
毎月8日に開扉します、と書いてますので今日は中を見ることはできませんでした。
三重塔から一得線上の先に見えるのが本堂。そこには西方極楽浄土の教主・阿弥陀如来が祭られており、両脇に持国天立像と増長天立像(いずれも国宝)も祭られており、国宝だらけ。本堂で話を聞かせて頂きました。
簡単に言うと、三重塔の薬師如来は東方浄瑠璃世界つまり現世の苦しみを取り除く仏、本堂の阿弥陀如来は西方極楽浄土の仏で、真ん中の池を挟んで東に薬師如来、西に阿弥陀如来が一直線上に設置されており、現世と来世が表現されているとの事でした。
瑠璃寺の所在する地区は当尾(とうの)の里と呼ばれ、付近には当尾石仏群と呼ばれる、鎌倉時代にさかのぼる石仏、石塔などが点在しています。
これから当野の里を巡ります。(続く)
>>オトナの遠足~達遊会 当尾の里石仏群巡り②
集合は、近鉄奈良駅の近くのバス停留所。
今回の参加は、前回よりやや少ない人数ですが、いつもの常連さんが多いですわ。9時11分のバスに乗って20分ちょっとで・・・
目的地に着きました。
浄瑠璃寺前です。
朝でも結構夏の日差しがガンガン襲ってくる中、目的地まで歩きます。
歩いて10分。
浄瑠璃寺山門に到着しました。
くぐった先に池が広がってました。
国宝の三重塔です。
ここには東方浄瑠璃浄土の教主・薬師如来(重要文化財・秘仏)がまつられています。
毎月8日に開扉します、と書いてますので今日は中を見ることはできませんでした。
三重塔から一得線上の先に見えるのが本堂。そこには西方極楽浄土の教主・阿弥陀如来が祭られており、両脇に持国天立像と増長天立像(いずれも国宝)も祭られており、国宝だらけ。本堂で話を聞かせて頂きました。
簡単に言うと、三重塔の薬師如来は東方浄瑠璃世界つまり現世の苦しみを取り除く仏、本堂の阿弥陀如来は西方極楽浄土の仏で、真ん中の池を挟んで東に薬師如来、西に阿弥陀如来が一直線上に設置されており、現世と来世が表現されているとの事でした。
瑠璃寺の所在する地区は当尾(とうの)の里と呼ばれ、付近には当尾石仏群と呼ばれる、鎌倉時代にさかのぼる石仏、石塔などが点在しています。
これから当野の里を巡ります。(続く)
>>オトナの遠足~達遊会 当尾の里石仏群巡り②
場所:
日本, 近鉄奈良駅(奈良)
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